散歩

 授業が終わって研究室に戻ったら部屋には誰もいなくて,疲弊した気分が押し寄せてきたから外に出て,黄昏の中の雲と時計台や雨あがりの湿気た空気,風を横切り,Eden's Song (全く知らないエロゲーの曲だ)をリピート再生しながら歩いていると,このまま研究室や家に戻るのはもったいない気がして,足は自然と西に向かった.黄昏の雲に乗ってやってくる心地よい風とリピート再生している音楽が河川敷まで歩く勇気を与えてくれた.河の傍では空は近くに海があるみたいに広く,近くにそびえたつ大学病院は黄昏の光の力を借りて世界の活動を永遠に停止させていた.南を向けば街があり,その向こうには駅があるはずだった.手を伸ばして距離感をつかもうと,少なくともつかもうするふりをして,僕は,いま,この瞬間の世界中にいる南に向かって手を伸ばしているひとの一人になった.目を閉じればモダニズム風の大きな駅が,その向こうの別の街が見えた.それから北を向くと,見飽きた山々が視界とニュアンスを占領しだしてうんざりした.それでも体力の持つ帰路は北にしかなかったので北に進むしかなかった.そのうちに夜が訪れて,一気に背景が暗くなり,山々は闇に沈んでいった.こうなるともう,北も南も関係なかった.車のヘッドライトや透明感あふれる建物の明りが視界を照らしだし,また世界は幻想に充たされた.僕は旅行帰りの少年だった.すべてに見飽きたはずの家の近くの道さえもまぶしかった.