何も書けない時は自動書記をすればいいのではないかという安直な考えから,久々に自動書記を試してみる.さて,私の貧弱な想像力のストックにある一シーンをまずはお目にかけよう.中学か高校の屋上に,少年と少女の影がある.二人とも制服を着ていて,フェンスの無い,剥き出しの深淵を覗き込みながら,学校に持ってきてはいけないお菓子を食べている.
「ねえ,ここから飛び降りたら死ぬかな」と少年は唐突に言う.
「半身不随とかになるんじゃないかな」と少女は率直に答える.
「それはやだな」
「でも頭から落ちたら死ねるんじゃないかしら」
「だろうね」
「どっちにしてもこんな危ない死に方できない」
 死に方に危ないも何もないと思うのだが,彼らの言わんとしていることも分かるので私は黙っておく.しばらく沈黙が続いたが,やがて少年が再び口を開いた.
「どうやったら安全に死ねるのだろう」
「毒草がいいと思う」と少女.「だって,毒薬より簡単に手に入るし,ソクラテスだって,ドクニンジンで死んだのだから,死ねないことは無いと思う」
「でも嘔吐には気をつけないといけない」と少年.「僕の友達は致死量の何かを飲んだけど,全部吐いてしまって精神病院送りになった」
「お気の毒に」と少女.「じゃあ私たち,彼の代わりに確実に死んであげないとね」
 ここで学識のある私は,人間の死は確実で,古くから「メメント・モリ」や「長期的にはわれわれは皆死んでいる」と言い伝えられてきたことを彼らに教えたくなったが,口に出そうとする前に少年がこう言った.
「そうだね.じゃあ毒草を探す旅に出ようか」
「賛成」と少女は言った.
 そのまま二人の影は校舎の中に消えていった.それは寸劇だったのだろうか,それとも彼らは本当に死を望んでいたのか.果たせるかな,数週間後の新聞記事に二人の若者が行方不明になったという記事が出ていた.少なくとも,ここではないどこかへ,彼らが駆け落ちしたのは事実のようだった.毒草を探しに行ったのか,あの世へ旅立ったのか,あるいは死の想念から逃れて,どこかで幸せに生きているかは分からないにせよ.